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「#言葉の逆風」キャンペーン舞台裏を語る―ジェンダー・エクイティ推進オフィス対談

2024.6.6

「#言葉の逆風」キャンペーン舞台裏を語る―ジェンダー・エクイティ推進オフィス対談

「#言葉の逆風」の舞台裏について、多様性包摂共創センターの3名で対談を行いました。

中野 円佳(なかの まどか)

中野:多様性包摂共創センター准教授の中野円佳です。本日は「#言葉の逆風」というジェンダー・エクイティ推進オフィスがやってきた取り組みについて、田野井オフィス長と企画の担当を務めていた安東研究員とお話ししていきたいと思います。よろしくお願いします。まず「#言葉の逆風」というポスターを東大の学内で公表して、いろいろなメディアにも取り上げられているんですけれども、なぜこのような企画をしたのかというところから伺っていきたいと思います。

田野井 慶太朗(たのい けいたろう)

田野井:多様性包摂共創センターの副センター長で、ジェンダー・エクイティ推進オフィス長の田野井慶太朗です。現在、DEIに対する大学運営側の先生方の意識は高まっていますが、意識改革の波が到達していない人もいるのが現状です。「理想に向かって頑張りましょう」というキャンペーンにも、一部の人々が反応していないのです。これらの人々は悪気があるわけではないのですが、メッセージが届かない層に対してもっと働きかける必要があると感じてました。そんな折、このような素晴らしいキャンペーンが企画されたことに、私は非常に感謝しています。

安東 明珠花(あんどう あすか)

安東:多様性包摂共創センターのジェンダー・エクイティ推進オフィス特任研究員の安東明珠花と申します。「#言葉の逆風」の企画の担当をさせていただきました。「#言葉の逆風」はマジョリティ側の意識改革に重きを置いていて、これは「#WeChange」という私たちがやっているプロジェクトの一つの大きな目標でもあります。あえて可視化しないということもできたかもしれないけれど、この状況を変えたいという決意のもと向き合っていこうと進めてまいりました。

予想の10倍以上のアンケートが集まった

中野:5月1日から「なぜ東京大学に女性が少ないのか」というポスターが出て、途中からその答えとして「女性が言葉を浴びている」ポスターが出てきたわけですが、反響はどうでしたか?

田野井:私はX(旧Twitter)の反応をモニターしていました。”なぜ東京大学に女性が少ないのか”という問いを見たとき、一般の人々が学生を思い浮かべる中、我々は研究員や教員を考慮に入れていたため、その視点の違いに気付きました。別の大学で女性枠の入試の議論があったこともあり、反応のほとんどが否定的でした。具体的には、「優秀な人を選んだ結果ではないか」「そもそも女性の受験者が2割しかいない。東大受験する段階に達していない」という意見が多く、「女性は学力や能力が不足している」という意見が多かったと思います。

中野:実際に20日頃に「答え」のポスターを出しましたが、この「答え」のひとつということで投げかけられている言葉を出しているのですが、これはアンケートを元にしているんですよね。

安東:このアンケートは2023年10~11月に、学内の学生と大学院生、研究者を対象に行われました。学部生は115名、大学院生と研究者は572名、合わせて687名の方から回答をいただきました。このアンケートでは「性別に基づいて言われたことで違和感を覚えた経験を教えてください」という内容で行いました。当初、50人ぐらいから集まればいいかなと思っていましたが、実際には10倍以上の回答がありました。

 東京大学在学中/在任中に「女性/男性だから」「男性/女性なのに」といった性別に関連した言葉を言われた経験があるか、または耳にしたり目にしたりしたことがあるかという質問に対して学部生では約70%、研究者でも約46.5%の方が経験していると回答しました(※任意回答のアンケートなので、経験がある人が積極的に答えている可能性がある)。具体的には、ポスターに載っている言葉のほかに、「理系志望だったが文系志望に変えた」「意欲が低下した」などの影響があったことがアンケートからも分かりました。

また、研究者の中には「こんな状況では生き残れないので気にしないようにした」「人一倍頑張るようにした」というような回答もありました。このアンケートを取る中で、辛い経験を思い出さなければならないというのが精神的にしんどかったという回答もいくつかいただき、私たちも反省しました。ポスターを掲示することでさらに傷つける人が出ることは絶対に避けなければと思い、プロジェクトをやるべきかを迷ったこともありましたが、逆に「どのようにしたら届くのか」という視点に切り替えました。結果として、めくる仕掛けを入れて、見たくない人は見ないという選択ができるようにしました。

中野:ウェブサイトにも「一部センシティブな内容を含みます」と入れました。まず数が687名、すごいですね。男性からの回答もあったんですよね?

安東:はい、男女の回答率は半々でした。

「そんなこと今時言われない」!?

中野:研究者も回答しているので、学生ではない人や、すごく最近ではない言葉も含まれています。逆に何年も経ってから、ようやく「そういうことを言われていたんだ」と認識し、それが逆風だったと理解できたという声もいただきました。それだけ、配慮はもちろん必要ですが、これを出すことで「辛いと思って良かったんだ」と気づいた声も出てきました。

安東:アンケートの時に学部生の方が「言葉の逆風」を多く経験していたのは、大学院以上の研究者の中には「人一倍やらなきゃいけない」「気にしていられない」という精神でやっていた方も多かったことから、逆風を逆風として捉えていなかったことも要因にあるかもしれません。アンケートは英語でも実施し、学内にはさまざまな状況があることがわかりました。アンケートをとることで、この問題に向き合わないといけないと改めて思いました。

中野:アンケートや結果をどう見ていましたか?男女関わらず「今時そんなこと言わないでしょう」と思う人もいたと思います。

田野井:ポスターの文言は、個人が特定できないように工夫しています。しかし、実際に寄せられた文言を見ると、女性が女性に対して発言することもあるし、逆風を浴びせるのは誰でもあり得ると感じました。この部分がポスターにすると見えにくくなってしまったかもしれません。

中野:実際にポスターを出した後、東大に限らず、さまざまな女性から割と最近でも「私もこう言われた」という反応がありました。例えば、浪人が兄弟に比べてしにくかったとか、実際に進路選択に影響が出たという経験談もありました。

私は専門が教育社会学で、ジェンダーバイアスが進路選択に影響することの研究もあります。ジェンダー・エクイティ研修にも入っていますが、ステレオタイプ脅威という形でたとえば女性は数学が苦手という思い込みがパフォーマンスの差につながってしまうということも指摘されています。でも、本当にそういうことって今もあるの?とリアリティを持たずにいる人もいると思うので、今回ポスターを通じて可視化する意味があったと思います。親や高校までの先生に言われたことも多いようですが、学内で掲示した背景は?

田野井:東京大学では様々な政策が実施され、内部の雰囲気も変わりつつあります。しかし、これらが全体に浸透しているとはまだ言えません。無関心な方や無意識に問題のある行動をとってしまっている人々にも気がついてほしいと考えています。そのために、まずは学内に焦点を当てました。ただ、個人的には社会全体に広く掲示してもよかったと思います。次の段階でそれを実現できればと考えています。

安東:学内で出したところ、教育関係者の方から授業で使いたいというお問い合わせもありました。ダウンロードしてお使いいただけるようにしています。結果として、学内だけでなく社会全体にも広がりが出てきました。

逆風のある環境を「もう終わりにしたい」という決意

中野:学内の女性教員からは「自分もこういうことを言われて内面化してしまっていた」という声もありました。特に子育て中の女性教員からは「”子供が可哀そう”かも」「家のことも完璧にしないといけない」という罪悪感を覚えていたという感想もありました。これも女性に向けて見てもらって良かったと思います。一方、めくる配慮はしたものの、東大がこういうことをするのはネガティブキャンペーンに見えるかもしれませんが、その点についてはどう想いで?

田野井:東京大学の学生の80%と教授の90%が男性であるという現状があります。これは多様性の観点から見るとネガティブなデータですが、事実を明らかにし可視化することが改善への第一歩です。女性の中高生がこのポスターを見た結果、「東京大学に行きたくない」と感じる可能性は確かに存在します。しかし、書かれている個々の言葉が必ずしもキャンパス内で書かれたものであるとは限りません。

安東:なかったことにすることもできましたが、それをあえて出すことで「これをもうやめたい」という決意と一緒に示すことが重要だと思いました。「これはおしまいにしたい」という気持ちで、アンケートで「こう感じる人がいるならやめた方がいいのかな」と悩みましたが、結果として女性をエンパワーして、「もう終わりにしようよ」と一緒に向き合ってくださる味方も増やすことができたとも思います。

中野: めくる配慮をしたのは本当に良かったと思います。安東さんがアンケートの中で小さな声を見逃さなかったことで、新たに傷つく人を減らせたかもしれません。東大側がこれを問題だと思っている、そのままでいいとは勿論思っていないというメッセージを伝えられましたね。男性学生から「男性はここにいることを責められている気分になる」という反応もありました。

田野井:男性学生がそう感じることがあるかもしれませんが、全く責めているわけではありません。私の男性シニア教員という立場はマジョリティに属しています。しかし、地方出身という点ではマイノリティです。我々全員が、ある面ではマジョリティ、ある面ではマイノリティであると考えられます。男性であるという一面だけを見て重荷に感じる必要はありません。

中野:反響の中には「こういうことを言われたことがない」という女性もいました。東大に来る女性や教員になる人たちは相対的に恵まれていたか、逆風と戦って残った人か。このアンケートは東大の学内で聞いたもので、生存者バイアスが働いています。それでもこれだけの結果が出るということは、そこまでたどり着けない人も多いということですよね。女性の中でも恵まれている人と、逆風を受けた人もいるし、男性の中にも別の軸では逆風があった人たちはいるはず。多様性包摂共創センターとして考えていきたいところ。

安東:このキャンペーンが多様性の軸を考えるきっかけになればと思います。男女の対立ではなく、近くにいる人がこういう言葉をかけられているかもしれないと想像するきっかけ、自分が逆風と感じていいんだという気づき、言ってしまっているかもしれないという構えが重要です。そうすることで、一人一人の意識が変わり、キャンパス全体の雰囲気も変わっていくと思います。

中野:女性やマイノリティが「自分で選んだ道でしょ」例えば東大を受けるか受けないかという選択も、受けないのはその人の選択でしょ、と言われがち。でもその選択をするまでに、人間は社会的な生き物なので、いろんな言葉を浴びたり、それを内面化して結果的に選択が変わることがあります。これをきっかけに、こういったマイクロアグレッションの影響についての意識が浸透していくといいですよね。

安東:自己責任で終わらせないようにしたいですね。

パンフレットはこちらからダウンロードできます!

ポジティブな事例をシェアする動きも

中野:構造的な差別について、今年度の入学式の式辞でも藤井輝夫総長が触れられました。あからさまな排除ではなく、構造的にステレオタイプが選択に影響することがあります。東大の研究者の中には、むしろポジティブな動きをシェアしようという動きも出ていますよね。

田野井:「#言葉の逆風」キャンペーンの準備を進める中で、「順風キャンペーンもいずれできたらいいね」と話していましたよね。早速、Slackでは「逆にエンカレッジされた言葉」を共有するグループが活発化しており、これは良い動きだと感じています。

中野:SNSではアンチコメントが盛り上がりやすいですが、学内ではポジティブなエンパワーメントの言葉やベストプラクティスの共有が出てきています。アライというか、男性でこういうこと言ってくれた人がいたということをシェアすると、あれ言っちゃだめこれ言っちゃだめではなく、こういう風に言えばいいのだということが分かって良いですよね。安東さん、今後のプロジェクトについても教えてください。

安東:6月26日(水)にトークイベントを予定しています。「#言葉の逆風」ブックトークイベントとして『なぜ東大は男だらけなのか』という本の著者である矢口祐人先生、本学の薬学系研究科教授の後藤由季子先生、卒業生の山口真由さんにご登壇いただき、学内外で上がっている声を振り返り、私たちがどうするかを話し合います。学内の教員を対象にしていますが、生の声を聞き、対話の機会を持つことを計画しています。

中野:ありがとうございます。このプロジェクトは「#WeChange UTokyo」という女性教員を増やすプロジェクトで、5年間の計画です。IncluDEの中で様々な研修やキャンペーンを行ってきました。今後も発信を続けますので、ウェブサイトを引き続き見ていただければと思います。

田野井:そうですね、ジェンダーと聞くと、なんだか厄介で面倒そうだな、と、以前、私も思っていたと思います。しかし、今回の活動を通じて、周り巡って自分が言われない環境を作ることにも繋がると感じました。#言葉の逆風を意識することで、周囲みんなが心地よく過ごせる環境を維持できると思います。

2024年6月26日(水)、「「#言葉の逆風」とどう向き合うか」というテーマで、学内構成員のみなさんと対話の機会を持ちたいと思います。ご興味ある方はぜひ参加申し込みください(〆切6月21日)。詳細はこちらからご確認ください。

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