2024年12月4日(水)に東京大学情報学環・福武ホールにて、東京大学ジェンダー・エクイティ推進オフィス主催「#言葉の逆風を考える―脚本家・小説家 吉田恵里香氏 × 理事・副学長 林香里 対談」イベントを実施しました。NHK「連続テレビ小説」『虎に翼』の脚本を担当された吉田恵里香さんと本学国際、ダイバーシティ&インクルージョン担当理事・副学長の林香里の対談ということで、ジェンダー問題に関心のある約110名の方に学内外からご参加いただきました。また、「#言葉の逆風」プロジェクトの担当者である安東特任研究員がモデレーターを務めました。熱気高まるイベントの様子を一部紹介します。
「#言葉の逆風」プロジェクトについて
安東:「#言葉の逆風」プロジェクトは女性が受けてきた言葉などが、女性の逆風・障壁になっているよというのを、可視化するために行われたプロジェクトになります。#WeChangeUTokyoというプロジェクトの枠組みで、もともとは東京大学学内の構成員の意識改革を目指して実施しました。実施責任者として、林理事はこのプロジェクトにどんな思いがありましたか。(概要についてはこちらからもご覧いただけます:https://wechange.adm.u-tokyo.ac.jp/ja/news/512/)。
林:全構成員の意識改革では多様性あるキャンパスを作ることが重要だという、認識の共有を目指しています。そのために「#言葉の逆風」のポスターを作りました。こう心ない言葉を外に出していくことは、東京大学の恥なんじゃないかと思われるかもしれません。しかし、東京大学という一つの大学の恥とかそういうレベルのことではなくて、日本社会の未来のために、だれもが活躍できる教育の場、そして研究の場を作っていくために皆が自覚すべきことであり、これが大切なことなんですという学内合意をつくるために皆ですごく頑張りました。 実はやってみたら、学内外多くの人が共感してくれて、このキャンペーンをやってとても良かったと思います。
安東:吉田さんはこの言葉を見てどのように感じましたか。
吉田:この中の言葉、一つも受けないで、大人になった女性っていないんではないかなと思ってしまうんですが、それが非常に腹立たしいなと思っていて。私自身も、自分の作品において、こういう言葉に怒っていいというか、間違っているんだよっていうことを伝えたいなと強く思っているので、ここにも戦っている人たちがいるなと思えてとてもうれしかったです。
「#言葉の逆風」プロジェクトと『虎に翼』の共通点、印象に残ったシーン
安東:『虎に翼』と、「#言葉の逆風」プロジェクトには過去から現在に続く女性の生きづらさを可視化したという共通点があると思っています。吉田さんも脚本を書くときに、ご自身の経験と重ねながら書かれることはあったのでしょうか。
吉田:なるべく間口を広く、女性だけでなく男性も受けた言葉、負った傷を反映させたいと思っているんですけど、今思えば重なっていたなというのは、主人公の寅子の妊娠がわかったときです。主語が自分でなくなり、お腹の子に、主語が行くんですね。そのことに対して、母になることはとても喜ばしいことなのに、何かすごくモヤモヤするというか、とても悲しい思いというか。今思えば、そこは自分の気持ちが反映されている部分もあるのかなと思います。
安東:私もそのシーンにとても共感しました。私自身も、子どもが1人いるので、妊娠して、自身の主語が変わっていくところだとか、とても分かると思いながら見させていただきました。林理事のほうは、『虎に翼』で印象に残ってるシーンやセリフなどありますか。
林:祝賀会の「私たち怒ってるんです」というあのセリフはとても感動しました。
高等試験に合格しただけで自分が1番だなんてとても口が裂けても言えません。心半ばで諦めたと学ぶこともできなかったその選択肢すら知らなかったというご婦人を見ることを私は知ってるんですから。 でも合格してからモヤモヤ知ってるものの答えがわかりました。 私たちすごく怒ってるんです。この社会で何かの1番になりたい、そのために良き弁護士になるよう尽力します。 困った方を救い続けます。男女関係なく…
女性の物語なんですけど、それだけではなくて、社会のみんなが、生きやすくするような社会を作っていこうというメッセージが端々に出ていて、とても良かったです。あともう一つ。優三さんが出征するときに寅子に言うセリフなんですが、
トラちゃんが僕にできることは謝ることじゃないよ。 トラちゃんができるのはトラちゃんの好きに生きることです。また弁護士をしてもいい、別の仕事を始めても良い、優未の良いお母さんになってもいい。 僕の大好きな、何かに無我夢中になってるときのトラちゃんの顔をして、何かを頑張ってくれること、いや頑張らなくてもいい。トラちゃんが後悔せず心から人生をやりきってくれること、それが僕の望みです。
これ、思い出すだけでいつも泣いてしまうんです。もちろん女性の物語なんですけど、応援してくれる男性がいること。助けてくれる女性がいて、プラスで、男性が励ましてくれる、助けてくれる。その経験がとても大事で。男女がともに良い社会を作っていく、そのためにサポートする男性もいれることがとても重要。もちろん女性も、女性、男性をサポートする。男性関係なくサポートする、そういうことを訴えるのがこのドラマの好きなところなんです。
吉田:男女平等を書くときに、片方だけを描いても、分断を生むだけになってしまうので、女性の権利が向上することが、決して男性の権利が下がるわけではなく、実は相乗効果でお互いに上がっていくと思っています。それこそ性別で区別されないというか、そういうものになると良いという思いを持って書いていたので2つのシーンをピックアップしていただいてとてもうれしいです。ありがとうございます。
林:吉田さんに質問があるんですが、「はて?」という言葉はどういうところから出てきた言葉なんですか。 いい言葉ですよね。
吉田:柔らかさが1番大事だなと思っていました。 あとは何度も言っちゃうんですけど、何かを分断したいわけでもなく誰かを頭ごなしに否定したいわけでもないんです。 対話して、解決案というか、お互いにそういう考えもあるんだとか、これは誰かを傷つけるかもしれないんだと知ることのできるきっかけを作りたい、自分自身が100%正解ということはないので、そういうときに、対話をしましょうと、私は今怒っているとか、私は納得できていないとか、意味がわかりませんとか、その第一声として「はて?」というのが1つ。 あとは、テーマの中の1つとして、怒ってもいいんだよというのがあったので、「はて?」というのは、怒ってもいいことなんだということを提示できたらすてきだなと思って、その合図にしたかったので、なるべく短い言葉として考えたのがこの「はて?」です。
林:すばらしいと思います。何かあったときに、つい何か言いたくなっちゃうんですけど、「はて?」と、1回言っておけば、心が落ち着いてその次にまた話をしようという、一拍置く感じがあって、いいなと思いました。
安東:私も、「はて?」を自分の中ですごく唱えていました。「#言葉の逆風」プロジェクトも、「怒ってもいいんだ」ということを女性側が気づかされたというコメントもたくさんいただきました。普段からモヤモヤすること、「はて?」と思うことに対して、これって怒ってもいいんだと、ダメって言ってもいいんだという感想もいただいていて、そういう意味でも『虎に翼』と親和性の高いプロジェクトになりました。そしてこれは意図したわけではまったくないのですが、たまたま放送されていた時期にこのプロジェクトを実施できて、相乗効果があったということで、われわれも、『虎に翼』の存在にとても感謝しております。
ジェンダー問題を発信することの意義と難しさ
安東:林理事はアカデミアまた、大学運営のフィールドで、吉田さんはエンタメの世界でということでジェンダー関連の問題をそれぞれのフィールドで発信してこられたと思うのですが、ジェンダー問題というのを社会に発信する難しさについて教えてください。
吉田:まずは、なぜその問題を嫌がるのか、発信することを嫌がる人がいるのかという。スタートの前の問題が放置されていることによって、問題がそもそも、みんなの耳に届かないことがあると思っています。誰がこの話題をされたら嫌なんだっけ?とか、誰が眉をひそめているんだっけ?と考えたときに浮かんでくる人に本当に気を使う必要があるのか?とかは考えて発信するようにはしています。
林:現在のジェンダー不平等状態、要するに女性の地位、女性の生き方、権利が不利な状態にあるという認識がなければ、なんで女性だけ優遇するんだとか、逆差別だとか、そんな方向に話がなってしまうんですね。 実際そういう声もいただくこともあります。そうではなくて、今の状態が間違っているところがたくさんあって、それを修正してみんなで良い社会を作っていくっていこうとしているのだということを、わかってもらわないといけないと思っています。 それをなかなか理解していただけないところが、難しいところです。認識を共有していない人にも届くメッセージというのがなかなか難しい。インパクトが強いもの、エンターテインメント性のあるもの、などなどいろんな方法があり、ジェンダー・エクイティ推進オフィスで手を変え、品を変え、いろいろやっています。無関心層に届けることが1番難しいかなと感じます。
吉田:そもそもの生きづらさとか、不平等とか、どこで生まれるのかというのが、議論されないというか、話題にも上がらないというのが、とても問題があるなと思っています。あとはやっぱり今とても不景気で、いろいろな格差がある中で、誰もが何か自分が損してるって気持ちがとても多いので、他者に気遣えないというか、本当に今自分のことだけで精一杯ってなる気持ちが、だんだん別の方向にエスカレートしていくことが多いなと思います。物語においてもどこから話していけばいいのかなというのはいつも悩ましいです。
林:私は専門がジャーナリズム・メディアの研究ですが、日本のエンターテイメントの脱政治化を、批判してきた者です。また、メディアの中で描かれる男性女性の固定的な性別役割分業に関する論文も書いてまいりました。だから、実は、日本のテレビドラマに批判的な人間なんです。なんですが、特に日本のテレビドラマの代表である、NHK連続TVドラマ小説の帯で、今非常に論争になっている政治的テーマが盛り込まれていて。しかも押し付けがましくない形で、娯楽性もあって、素晴らしいです。韓国のドラマだと、もっと色濃く社会性があって、社会課題を取り上げているんですが、日本ではなかなかそれが実現されてこなかった。でも『虎に翼』はそれを真正面から取り上げているという印象があります。そして、一つ不満があるのですが…半年じゃ足りません!
吉田:ありがとうございます。『虎に翼』で取り上げたテーマについて他の人たちが深堀りしてみよう、みたいになってくれたらいいなっていう気持ちもあります。
これからの社会に願うこと
安東:ありがとうございます。最後のテーマになるのですが、これからの社会がどういう社会であってほしいか?というのと、あとはそれを実現するために、今いらしてくださってる皆さん含め、個人ができることというのは何なのか?っていうことについて、ぜひお考えをお聞かせください。
吉田:私は、このドラマを通じて、自分が当たり前だと思っていて、こんなことを言わなくてもいいだろうと思ってたことが、実は世間一般的にはまだ浸透していなかったことに気づかされました。それこそ男女についてだけじゃなく、いろいろな不平等を話す前段階のところでつまずいてしまうことがとても多かったです。もちろん平等な社会で戦争もなく、平和な社会になってほしいというのが1番なんですけど、そういうことが今、キレイごととか理想的すぎると言われてしまう恐ろしい世の中になっているので。何度も同じこと言ってるなと思われても、「ダメだよ。差別はいけないよ。」とかから始まり、当たり前のことを何度も何度も何度も何度も口にしていくしかないのかなとは思っていて。そういうのも含めて、なるべくイベントに出させていただいたり、取材を受けようかなと思ってるのもあります。
林:多様性と包摂性のある社会、すなわち、すべての人が参加でき、自分の能力を伸ばしていける社会に近づけるために、少しでもお役に立とうと、大学の中で教育・研究の良い場を作っていく―これが私がやってる仕事です。これが私のパッションであり、ミッションでもあって、頑張っていることです。子どもを連れて研究のためにドイツで生活しているときに、東欧出身で、ドイツでさんざん苦労したシングルマザーの方にベビーシッターをお願いして、子どもを預けることがあったんです。その時に彼女にお礼を伝えると、「いや、ありがとうと、あなたが言ってくれて私はうれしいけど、私があなたにしたことは、あなたは私に感謝しなくてもいいから、次の世代にお返ししなさい」って言ってもらえたことがずっと心に残っています。たくさんの人から受けた恩を今度は私が若い世代に恩返ししていきたいと思って、ここに座らせていただいています。
安東:ありがとうございます。 吉田さんからもぜひ、追い風言葉や出来事が何かあれば教えてください。
吉田:自分が表に立つことが増えて、自分の扱っている作品でこれちょっとエモーショナルに解決してはいけないなとか、きれいごとにしちゃいけないなってことを気をつけていているのですが、作家としてはキレイにまとめたくなるとか、完成度を高めたくなってしまうんです。そういう日々の葛藤がある中で、自分は書くチケットをもらっているので、それがあるうちは頑張らなきゃなと思っているんですけど、やっぱりめげそうになったりとか、逃げたくなったりとかする時もあるんです。そういうときに自分が誰かの選択肢になっているっていうことを、自分自身を励ますときに思うようにしています。林さんがおっしゃってくださったみたいに、この次の世代のために何か、1個の選択肢の幅を広げていけたらいいなと。口うるさい脚本家がいてもいいんじゃないかなと思ってやっています。
参加者の皆さんへメッセージ
安東:最後に、参加者の皆さんへぜひ一言メッセージいただければと思います。
吉田:今日は本当に貴重な機会をいただきありがとうございました。事前に質問いただいたリストも拝見させていただき、おこがましいんですが、自分と同じように少しでも社会を良くしたいとか、そのために何ができるのか、ということを悩んだり、何かできることを模索している方がこれだけ多くいるということは希望だなと感じ、自分の中ではとても勇気づけられる質問ばかりでした。私も脚本、小説の中で、物語の中でできることはなるべくしていきたいなと思っておりますので、心は折れないように保ちながらというのが前提ではありますが、社会のためにできることを一歩一歩できたらと思っています。これだけ味方がいるっていうことがすてきですね。そしてお母さんたち、立ったまま大変だったと思いますし、赤ちゃんもありがとう。今日はありがとうございました。
林:吉田さん、東京大学に来ていただいてありがとうございました。 このような方が『虎に翼』の脚本を書かれていて、しかもその動機として、社会への問題提起をしていきたいと知りました。そういうモチベーションの中で面白いドラマができるんだっていうことを今日のお話からも如実に分かって、私としては大学の教育者として、そしてメディア研究者としても、本当に学びの多い時間でした。そして、先ほどから申し上げますように、今日はたくさんの方がいらっしゃって、本当に多様な、男性も女性も、そしてお子さまもいらして、うれしいです。このように会場が埋まるというのもやはり、『虎に翼』のパワーだなと思いました。私自身、「もうダメ」って思うことは、3日に1回ぐらいはあるんですけど(笑)、ちょっと日本社会に楽観的になれましたし、 明日からも頑張ろうと思えました。
モデレーター安東より
今回のイベントは「#言葉の逆風」を担当した安東が絶対実現したいと思ったイベントでした。実現のためにご協力いただいた皆様ありがとうございました。イベントには同じような問題意識を持っている「仲間」が参加してくださっていましたが、無関心層にどのようにして自分ごとにしてもらうか、マジョリティとどのように対話をするべきなのかという点については引き続き議論していく必要性を感じさせられました。イベントでは、参加者の皆様から「追い風言葉・出来事」を「#言葉の逆風」ポスターに貼り付ける形で集めました。#WeChangeの枠組みで一丁目一番地にしている「全構成員の意識改革」のためにできることは何か、考え続けていきたいと思います。