2024年6月26日、ブックトークイベント「#言葉の逆風 どう向き合う―『なぜ東大は男だらけなのか』著者、矢口副学長と考える」を開催しました。会場にはおよそ40名の東大構成員が集まりました。登壇者は矢口祐人先生(副学長・グローバル教育センター長)、後藤由季子先生(薬学系研究科 教授・IRCN 主任研究員)、山口真由さん(信州大学特任教授・NY州弁護士・博士(法学))(モデレーター 中野円佳(多様性包摂共創センター准教授))で、白熱した議論が行われました。その一部をご紹介します。
「#言葉の逆風」プロジェクトの感想
中野:旧男女共同参画室、現ジェンダーエクイティ推進オフィスが「#言葉の逆風」プロジェクトを実施したのですが、どのように見ていらっしゃいますか。
矢口:驚いてはいけないと言われるかもしれませんが、女性に対して、このような反応(注:言葉の逆風のポスターに記載されている女性が投げかけられた差別的な文言)が来ることにがっかりした、というか悲しくなりました。『なぜ東大は男だらけなのか』が出版された当初は厳しいコメントをもらい落胆しましたが、ジェンダー関連の発信をするにはそういう反応を覚悟することだと知り合いに言われ、とても反省しました。ですから、こういう反応に負けてはいられないと思いますし、どういうふうに乗り切るかを考えていかなければならないんだなと思っています。
山口:初めは、言葉の問題に過ぎない、言葉だけを直せば社会は変わるのかなと思っていました。でも、言葉を浴びせられ続ける影響はとても大きいと思うので、かけられた言葉がきっかけになるのはプロジェクトとして意義があるのだと思います。
後藤:言葉の逆風のポスターに記載されている文言を読んでいると、ほぼ全部言われてきていると思いましたし、日本で女性として暮らしていると経験する「女性らしさ」の押し付けが思い起こされました。私は、海外に留学した時、「普通に」女性でリーダー的な立場にいる方や自由に自己実現している方を見て、これまで押し付けられていた女性らしさは、日本ならではの社会通念であることを心底分かりました。「#言葉の逆風」を今も浴び続けている人たちも、これは世界共通ではないことを分かっていただきたいなと思います。
なぜ女性が少ないことが問題なのか
中野:東京大学に女性が少ない状況は何が問題だと思いますか。
矢口:男性による男性のための大学として出発した東京大学の基本的な構造は東京大学が設立された1877年から現在まで変わってないのではないかというのが、私の本に通底しているメッセージです。この男性を中心に据えた価値観と構造ゆえに、女性は東京大学になかなか入学できないし、入学後も非常に居心地が悪い、そして戻ってきたいとも思わないのではないかとこの本で書いています。
山口:東大に入った女性にありがちなのですが、私はクオータ制に疑問を持っていた時期がありました。でも、自分が生きていく社会は男性ばかりです。そんな中で、仕事でスケジュールの調整や休憩時間の確保のために、私は自分の一番プライベートな部分について説明しなくてはならず、精神的な負担がありました。それは私が少数派だからだと思います。東大はリーダー的な人材を輩出し続ける立場にある大学だと思っています。そこの女性の比率は20%です。しかも、その20%の女性も何割かは、結婚をして仕事を辞めていきます。そうなると、社会に出てリーダー的な人材となる東大出身女性はもっと少なくなります。
後藤:東大を含めたトップ大学は、多くの未来のリーダーを輩出しますので、そこで女性が少ないという状況が変わらないと社会の構造が変わりません。東大に女性が少ないことは根本的な問題です。それに加えて、学生として生活する環境が男性ばかりだと、男女問わず、そういう社会構造を受け入れて育ち、社会のリーダーは男性であるという概念が再生産されてしまいます。しかし、学生時代に周りに優秀な女性がたくさんいれば、女性がリーダーとして活躍することが当然だと思って社会に出てもらえると思います。なので、東大をはじめとしたトップ大学で女性の割合を増やすことは非常に大事だと思います。
矢口:1946年、日本は戦争に負けて、占領軍の指示で東京大学は女性学生を受け入れはじめました。東京大学が主体的に始めたのではありません。女性が入ってきて、大学がジェンダー平等を実現するための努力をしてきたかというと、当然ながら1940年代は一切ありませんし、50年代も60年代もそういう努力の跡は全然見られません。なので、男性中心の価値観を変えようとする努力はしたのかということは、問われなければいけないと思います。問われていたとしても、それは十分であったとは決して思いませんし、もっとやらなければいけない、根本的な価値転換が必要なのではないかと思います。
東京大学を変えていくために
中野:「#言葉の逆風」キャンペーンは、#WeChangeという取り組みの一環で、実施しています。現状について可視化したものの、もちろんこのままでいいとは思っていない。どのように変えていけるかを議論していきたいと思います。
矢口:東京大学を変えていくために、できることがいろいろあると思います。何年もかかることもありますが、日常のキャンパスの中で直すべきことがいっぱいあると思います。だから、自分の身の回りに起こっていることに敏感になって、発言するべきです。発言しないといけません。黙っているのは何もしないのと同じです。ただ、女性の学生や教職員が言いにくいのは、よく分かります。であれば、誰が言わなければいけないかというと、男性の学生や教職員だと思います。
山口:東大に入学する前や卒業した後にも問題があります。大学が変わるのはとても大事だと思うし、大学が変わることで遅れて社会が変わってくるのもよく分かりますが、大学に入る前や卒業した後の社会との接続の問題について、大学側はどのように意識されているのかを知りたいです。
後藤:私は東大で進学促進部会長をしています。都市に在住している女子高生ではトップ大学に行こうという方が多いのですが、地方になればなるほど少なくなります。その理由としては、地方の女子高生に自己肯定感が少なく東大等が選択肢に入らないことや、東京に出ることの安全面や経済面での不安があります。そのため、東京大学の学生が母校を訪問して、東大を身近に感じてもらう「母校訪問事業」や経済支援を行っていますが、10年間、一般入試の女性率は20%のままなので、支援活動は、まったく足りないということになります。ですから一層、手を打っていかなければいけないと思っています。
山口:もう一つお尋ねします。東京大学進学において、地方在住、経済的問題など多様な困難があります。東大は奨学金や授業料免除を行っていることは理解していますが、さまざまな困難がある中で、まず女性枠というと、必ず他の人から非難されます。それに対して、先生方は何を根拠に戦うのでしょうか。あるいは戦わないのでしょうか。
矢口:戦うべきだと思います。ただし、困難を抱えている方たち同士で戦う必要はないと思います。一番大切なのは、その枠が必要な社会の背景、社会の力学について考え、なぜ枠を設けなければいけないかという議論を十分に行うことです。ただ、その前の段階としてなぜ枠が必要かというと、この社会は完全に男性が有利な不公平な社会だからです。例えば女性枠や地域枠をつくるのは、不公平ではなく、不公平な状況を是正するための方策だと考えます。ですから、実際には、女子枠ではなく、「大学改善枠」というべき、より公平な社会をつくるための枠であって、「女性枠」を女性のためのものと片付けてしまうと全く違う議論になってしまいます。「女性枠」は、社会が女性のためにやっているものではなく、社会のためにより良い研究教育環境のために必要なものです。多様な研究教育環境が必要ということについては、多くのエビデンスが出ています。
ですから、女性、地域性、ファーストジェネレーション(両親が非大卒で、自分の世代で初めて大学に行く人)、障害の有無、国籍など様々な人たちが集って意見を交錯させる、そこからいい研究が出てくると思えば、枠はなぜあってはいけないのかという、議論が必要だと思います。現状が不公平だということを忘れているから、枠は不公平だと言うのです。そして忘れているのは圧倒的に男性です。女子枠やクオータ制の話をすると、「女性に下駄を履かせるのか」と言われます。しかし、女子枠やクオータ制は、女性に下駄を履かせるのではなく、この社会において日本人の男性が生まれた時から履いている下駄を脱ぐということです。男性は、まず、「自分は下駄を履いている」ということを自覚するべきです。その意識がないのに、「女性に下駄を履かせるのか」と言うのはナンセンスだと思います。
後藤:矢口先生に賛成です。また女性枠ではなく、「多様性枠」と言ったほうがいいもう一つの理由として、女性枠と言うとバイナリー(性別を、男性/女性の2つの生物学的性のみに分類する考え方)が前提と考えられてしまう、という問題もあります。そういう意味でも、「多様性枠」のようなネーミングの方がいいなと思っています。ちなみに2030年で女性割合30%を目標にして様々な活動が行われていますが、30%は最低限のレベルだと思っています。
山口:大学が社会の縮図になっていないのは、本来はおかしいのだと思います。大学が地域性や性別などの多様性に基づいた社会の縮図になって、そこから社会の中でリーダー層が生まれて、国会や経済界が社会の縮図になっていけば、様々なルール作りが変わっていくと思います。アメリカの司法の場において、アフリカ系の人たちは、マイノリティーとされて一定の保護を受けています。女性も同様にマイノリティーとされて一定の保護を受けています。しかし、人口の半分を占める女性が保護の対象になることに理解ができません。
とはいえ、社会の中で半分を占める女性が、なぜか少しずつ落とされていって、リーダー層の中には3割も残らないという状況があります。その落とされるところは様々なハードルがあるのだと思います。今回のイベントで、東京大学は、女性を振るい落とすハードルについて考え、少しずつハードルが変わっていくのだろうと希望を持って理解できました。
中野:この4月に、多様性包摂共創センター、IncluDEが開設されました。男女共同参画室はジェンダーエクイティ推進オフィスに生まれ変わりましたが、IncluDEとなったことで、バリアフリー推進オフィスとも同じ組織になり、SOGIや他の多様性の側面も含めてインターセクショナリティにも配慮していければと思っています
★イベントの動画は、こちらからご覧いただけます(学内限定公開)。