2024年3月15日、男女共同参画室で3月8日の国際女性デーを記念したトークイベントを開催しました。「東京大学にはなぜ女性研究者が少ないのか?」をテーマに学内の4名の教員で議論をしました。
冒頭で、小川真理子男女共同参画室副室長が、東京大学の女性比率の低さが海外の大学と比べても際立っていることについて、データを示しました。
その後、中野円佳男女共同参画室特任助教の進行のもと、『なぜ理系に女性が少ないのか』の著書である横山広美カブリ数物連携宇宙研究機構(Kabli IPMU)教授、『女性のいない民主主義』の著者である前田健太郎大学院公共政策学連携研究部教授と、トークセッションを行いました。
<トークセッション>
歪な構成、なぜ?
中野:海外の大学の方に本学の女性比率の数値を見せると、「理系のみ?」「え、学部生も?」と驚かれます。理系や上位職では海外でも共通した問題があるものの、日本では文系も男性が多く、本学は学部学生においても女性比率が低い。どこに問題があると考えていますか。
横山:まず、女性は数学が得意ではないというステレオタイプが根強い。理系では非常にやっかいで、これを変えていかなければならない。これに加えて、優秀な女性は疎ましい、優秀なのは男性、という根深い差別的な社会風土が理系の男性イメージに影響をしています。
多くの研究者は、女性と男性で理系的な能力の差があると思っていません。しかし数学は男子の方ができる、というステレオタイプは5~6歳からはじまっており、特に日本では強いので、初等教育からステレオタイプを否定し、数学や理科を勉強し続けるように応援する必要があります。
前田:私は文系ですが、海外の学会では女性が多く、日本の学会ではなぜ男性ばかりなのかと疑問を抱き、『女性のいない民主主義』を書くに至りました。その中で感じるのは、自分の学問に男性的なイメージがついてしまっていることです。例えば、恥ずかしながら、本学の法学部ではジェンダーについて学べる政治学系の授業がありません。ジェンダー論は女性研究者が切り開いた領域ですが、どの分野でも、女性の業績は無視されやすい構造があるように思われます。
小川:男女共同参画室で実施したアンケートでは、大学院学生の方などから、男子校的なカルチャーがある、ロールモデルがいないなどの声も上がっています
女性が排除されていることの弊害
中野:先日、他大学のシンポジウムで「大学に多様性が必要であることに理由を上げる必要はない」とお話されている先生がいて、そのとおりだなとは思いつつなのですが、女性研究者が少ないことの影響をどう考えますか。
横山:女性が理系を学びたくても排除されている社会構造は、人権問題でありその点で問題だと思っています。また、理系では、女性研究者が少なかったため、研究開発が男性基準で行われていることが多く、男性向けに開発された薬やシートベルトが、女性には害になるという指摘があります。「ジェンダード・イノベーション」が必要だと言われ、巨大な市場になることからも期待されており、視点の多様性はもちろん、さらにジェンダーを問わずに多角的な議論が必要な時代だと思います。
前田:視点が増えることは学問にとって良いことだと思います。政治学にジェンダーという視点を持ち込んだのも女性でしたし、男性からは声が上がってきませんでした。この社会をどのようにしていくかということを議論するうえで、一部の人だけでやっていても「公共の利益」が達成できないのは明らかです。
どう増やしていくか
中野:どう増やしていくかというところで、女性限定公募などのポジティブ・アクションについてはどのようにお考えですか。
横山:女性限定公募は、将来はなくなってほしいと思いますが、一般的な公募だと女性は自分向けだと思わず応募しない傾向があるということもあります。分野によっては、共同研究も女性のいない飲み会で決まるケースも多いと耳にし、現状では、まだライフイベントを含めて女性側にハンデが多い状況で改善が必要です。世界的にも女性が少ない数学や物理が主な分野であるKavli IPMUは、基本的に女性限定公募は行っていませんが、公募を出す際に、「ぜひ出してね」と世界に向けて積極的に発信すると同時に、個別にも積極的に声かけもして、応募者に必ず複数の女性候補が入っています。でも、最近聞いた他の組織では、「女性限定公募」でのみ女性を採用していれば一般枠では女性を採用しないでよいと思う教員も出てきているようで難しいですね。
前田:横山先生のお話を聞いて、そもそも「理系はちゃんと公募してるんだ」という印象です。文系はコネクションで人事が動くことが多く、そのコネクションが作られる機会はいつかというと、やはり飲み会などであることが多い。あと政治学の世界では、クオータ制というときに、議席ではなく候補者をクオータ制にするのが望ましいと言われています。教員採用でも、女性限定公募をしないにせよ、きちんと候補者に女性を入れることができていることが重要だということです。何より、女性限定公募が嫌だという部局があるなら、「女性をきちんと増やせば女性限定公募をやらなくて済みますよ」と思います。
小川:2022年に東京大学は文部科学省の「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ(女性リーダー型)」に採択されました。藤井輝夫総長、林香里理事・副学長のもと、この事業を「UTokyo 男女⁺協働改革 #WeChange」(以下、「#WeChange」と記す)と名付け、全学を挙げてジェンダー平等を推進することを表明し、取り組んでいます。#WeChangeにおいても女性人事を加速する各種の支援策を実施しています。女性研究者の雇用経費の支援等を行っています。
中野:女性限定公募を出したらそれでいいということではなく、環境を整える必要もありますよね。
横山:以前は、採用にかかわる教員には無意識のバイアスをはかるIAT (Implicit Association Test)テストを行ってもらっていました。さらにドイツのマックス・プランク研究所の所長からの助言を得て、候補者が載っているロングリストから、絞っていったショートリストになるときに女性割合が減ってないか、最終候補者に必ず女性が入っているかなどを確認していました。しかし我々の部局では、これがすでに組織の文化となり、最近では特に注意を促すまでもなく、そのようになっていて心強いです。候補者を見つける段階から、アクションを起こさないといけない。それから採用したあとも、週1回、「ウィメンズランチ」を実施するなど、いろいろなことを合わせ技でやっていく必要があります。
前田:いかに育児と研究の両立をやりやすくするかという観点も重要ではないでしょうか。子どもが生まれて、授業や大学運営が子育て層に配慮した仕組みになっていないことを実感しています。育児にかかわっていない人が多い証拠ですよね。まずは育児をやっている人がいるという前提でいろいろなことを進めてほしい。研究と授業と育児となると、研究のアウトプットの優先順位が一番下がってしまいます。
中野:それが若手だと、キャリア形成にも大きく影響しますね。
小川:先にもお伝えしました東京大学の新たな取組である#WeChangeの内容を一部ご紹介します。#WeChangeでは、3つの目標を掲げています。目標 I は、学内構成員の意識改革、目標 II は女性研究者キャリアアップ支援、これらをもとに、目標 III は、女性教員の加速的増加を目指しています。本学で改革を実現するためには大学のすべての構成員の理解が不可欠ですので、意識改革を第1の目標としています。
今年度実施した教職員対象のジェンダー・エクイティ研修は、ジェンダー・バイアスをテーマとするe-learning形式で実施しました。また、人事選考のための「無意識のバイアス」確認シートを作成し、各部局に配付しています。2つ目は女性研究者のキャリアアップを支援していこうということで、これまでも実施してきた若手女性研究者スキルアップ支援の拡充に加えて、男女ともに若手教員を対象とした「Writing Challenge」や、大学の組織運営について議論する女性リーダーのネットワーキングイベント等のプログラムを試行しており、来年度から実施予定です。3つ目が先ほども説明しました女性教員の増加策です。こうした支援策は、2021年度に各部局が策定した「部局女性人事加速 5 カ年計画」を基に実行しています。各部局の執行部メンバーと担当理事等から成る意見交換会を継続的に実施し、情報共有も行っています。
また、海外の事例として、ハーバード大学の取り組みを紹介します。ハーバード大学では、2005年にSTEM分野における女性教員の上位職への登用を促すために学内にタスクフォースを立ち上げ、教員の養成とダイバーシティ推進の組織が設置されています。この組織の責任者としてプロボスト職が創設され、女性が就任しています。そして、教員の比率を白人男性、女性・マイノリティ等のカテゴリーに分けて、人種や性別等のデータを集計して毎年公表しています。海外大学では、このようなデータをしっかりと出しています。このようにデータを可視化し、現状を把握することは大学の透明性を担保する上でもとても重要です。東京大学においても、男女別研究者活躍データなどの可視化を進めています。今後も、 「We Change」 をモットーに、様々な方策を継続して行っていきたいと思います。